フラワースクールとフラワーギフトの花クラブ
花クラブでは、フラワースクールの花クラブ遊華とネットショップ&通信教育のアフロディーテを運営しています。

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My Flower Story
  皆さん、こんにちは。花クラブ遊華主宰の宮川です☆
山あり・谷あり、フラワーデザイナー宮川の、ドラマティックな花物語

< お花のキッカケ〜現在まで- そして私のおもい >


 〔
Miyagawa Michiko



宮川 美智子

 ●星座    おとめ座
 ●血液型   B型
 ●性格    熱くてクール
 ●仕事    大好き
 ●お金    無頓着
 




バックナンバー
第1回   「キッカケ」
第2回   「フラワースクール」
第3回   「劣等生」
第4回   「対策」
第5回   「ついに受験本番!!」
第6回   「結果」
第7回   「ステップアップ」
第8回   「プロ養成スクール」
第9回   「プロ養成レッスン」
第10回  「クレーム」
第11回  「いい話」
第12回  「アシスタントから講師へ」
第13回  「企画書」
第14回  「新展開」
第15回  「フラワーショップ」
第16回  「大目玉」
第17回  「必要な事」
第18回  「キャリア」
第19回  「Wedding装花は運動会?」
第20回  「ブライダルフェアー」
第21回  「それは、或る朝突然に」
第22回  「その日」
第23回  「家探し」
第24回  「1人」
第25回  「新しい場所」
第26回  「高級不用品」
第27回  「職探し」
第28回  「紹介」
第29回  「面接」
第30回  「前途多難」
第31回  「新しいお店」
第32回  「嬉しい気持ち」
第33回  「それって、私のせい?」
第34回  「信じられません!!」
第35回  「水あげ」
第36回  「店長失格」
第37回  「おはようさ〜ん」
第38回  「またも引越し」
第39回  「それはないでしょ!!」
第40回  「災い転じて」
第41回  「グッド タイミング?」
第42回  「次の働き先は?」
第43回  「謝罪」
第44回  「最後の日」
第45回  「花市場」
第46回  「大阪花店」
第47回  「セリ」
第48回  「セリ 2」
第49回  「困ったお客様」
第50回  「花店のスクール」
第51回  「お歳暮&お中元」
第52回  「しまった!!」
第53回  「またまた、引越し」
第54回  ★限定版
第55回  「12月のセリ」
第56回  「企業への初活け」
第57回  「Yさん」
第58回  ★限定版
第59回  ★限定版 
第60回  「一番忙しい日」
第61回  「不協和音」
第62回  「駆引き」
第63回  「忠告」
第64回  ★限定版
第65回  ★限定版
第66回  ★限定版
第67回  ★限定版
第68回  「始まりはゴルフから」
第69回  ★限定版
第70回  ★限定版
第71回  ★限定版
第72回  ★限定版
第73回  ★限定版
第74回  ★限定版
第75回  「開講」
第76回  「生協の生徒さん達」
第77回  「新たなスクール」
第78回  「大御所」
第79回  「屈辱」
第80回  「阪神淡路大震災」
第81回  「震災後」
 遊華主宰 & 花クラブオーナー
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 6章 フラワースクール創成期 

            
 第82回  [ 宗石さんとの出会い]




生協高槻店に
専門店として、社長の花屋が入っていました。


花屋の店頭には
「フラワースクール、生徒募集」の張り紙がされていました。


それを見て、入会してくれる生徒さん達がいました。

その中の1人が「宗石さん」です。

地震の年の春、
宗石さんは、お友達3人と入会して来てくれました。


「宗石さん」「姫野さん」「清友さん」という
なんとも、由緒正しいお家柄がイメージされるお名前の方々と一緒に。


清友さんは、多分1年くらいで止められたんじゃなかったかな‥
宗石さんと姫野さんは長く通ってくれました。

3人の中で、一番上手だったのが姫野さんです。

感も良く、呑み込みも早かったですね。
途中で妊娠されたんですけど、

お休みされたのは、2ヶ月程度で
すぐに復帰された頑張りやさんでもあります。

生まれた赤ちゃんをベビーカーに乗せて、
レッスンに見えていました。

高槻店のレッスン場所は、生協の2階にあり、
かなり狭くて急な階段を登らなければならなかったのですが、

片手に赤ちゃん、片手にベビーカーを抱えて
上がり降りする姫野さんは、
とっても「逞しく、カッコ良く」見えましたね。

その赤ちゃんの名前が「ミサちゃん」
とってもとっても可愛くって、
「子役オーディション」に連れてったらいいのに!!
って声が、皆から挙がっていたほどでした。

皆の「アイドル的」存在でしたね〜。。。

生協の生徒さんの特徴として、
「子供づれ」がありました。

高槻にしても、摂津・西淀川にしても
そうでした。


あれっ‥

でも、箕面だけは
「子供連れ」って、無かったような‥


地域性なのかな〜


誰かが、子供を連れて来られた事は
箕面だけは、無かったですね〜。。。



宗石さんも
子供さんはいらっしゃいましたが、

教室には、あまり連れて来られなかった様に記憶しています。



私にとっては、
最初の頃の記憶は薄い宗石さんが


この後、

資格を取得し、遊華のアシスタントを務めてくれるようになり
又、自分の教室をスタートし、

私に大きな事を「教授」してくれる事になろうとは‥


ましてや、

14年にも渡り、
遊華に通ってくれる事になろうとは。。。



人間の繋がりって、分からないものですね〜。。。





     <つづく>



実は「遊華」と名前を決定したのには、
宗石さんの一言が大きいのです。


数年後、生協さんが閉鎖されていき、
高槻教室も場所を変えなければいけなくなります。

その時、「教室名」が必要になりました。
(貸し会議室の前に教室名を書いた看板を出しておかなければならなかった事と、お部屋を借りる時に、名前が必要だった為です。)


資材を購入したり、お花を購入する時の
名義として、
既に「アフロディーテ」という名前を私はもっていました。


でもね〜

地方の会議室での花教室の名前としては
どうも、「たいそう」な気がして‥

その時の生徒さんに
こう、聞いたのでした。

教室の名前
「アフロディーテ」と
「花クラブ遊華」と、どっちがいい? って。。。


その時居た、他の生徒さんは何も言わなかったと記憶しています。


宗石さんだけが、
「遊華がいいです。」って、言ってくれたのでした。


だから、「花クラブ遊華」になりました。


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